昔を知る。
と一言で表すのは簡単だが、なかなか一筋縄ではいかないことが多い。
「昔はああであったと聞いた」
「かつてはこうであったのではないか」
「今はどうなっているのだろうか」
取材のはじまりはそこからスタートするのだが、あくまでもこの段階では確証を得てはいない。
その仮説を立証するため、またはコチラも思いもよらぬ発展をとげるためにも取材に向かう。
取材とは改まって人と話すため、なかなかお互いにエンジンがかからないコトもある。
例えば飲み屋などで「話の流れで」聞く場合と違い、流れを作り出しながら聞きたいことを聞きに行くからだ。
そもそもコチラが聞きたいコトは「かつてあったユタカサ」であるのだが、昔の人たちとっては「いつもと変わらない四万十の日常」の場合が多い。
どう聞くかによって聞きたいことが得られるかもしれないし、得られない場合もある。
話し手と聞き手のイメージが限りなく一緒になってくるときに、「そのかつてあったユタカサ」が浮かび上がってくる。
そうなると思いもよらなかった話もついで出てきたりするのである。
つづく